なぜ飲食店にBGMが必要なのか?
無音のリスクと“印象”の関係
飲食店において「無音の空間」は、一見すると洗練されていて落ち着いた雰囲気を演出できそうに思えるかもしれません。けれども実際には、“気まずさ”や“違和感”をお客様に与えてしまうことがあります。
特に、初対面同士の会話や、一人での来店時に無音の空間が続くと、場が持たず緊張感が生まれやすくなります。さらに、店内で発生する食器の擦れる音や他のお客様の話し声、スタッフの私語などが際立ってしまい、耳に触るような印象になってしまうこともあるのです。
つまり、「静けさ」を演出するつもりが、逆に「冷たさ」や「居心地の悪さ」を感じさせてしまっている──そんなケースは少なくありません。
BGMはただの“雰囲気作り”ではなく、空間に安心感をもたらす“音のカーテン”として機能します。適切な音楽は、お客様の不安を和らげ、店内での体験そのものを豊かにしてくれるのです。
音が空間体験に与える心理的影響
BGMは「第六のインテリア」とも言われ、店舗の世界観やブランドイメージに大きな影響を与えます。照明や内装と同様に、音楽も空間演出の重要な要素のひとつです。
たとえば、落ち着いたテンポのジャズが流れるカフェでは、会話のトーンも自然と穏やかになり、読書や仕事にも集中しやすくなります。一方、アップテンポのJ-POPやEDMが流れる居酒屋では、テンションが上がり、注文数や回転率が高くなる傾向があります。
このように、BGMは来店したお客様の気分や行動にダイレクトに作用します。空間の印象や利用目的を明確に伝えるツールとして、戦略的に選ばれるべき存在なのです。
BGMが売上・回転率・滞在時間に与える影響(国内外のデータ事例)
音楽と売上との関係は、さまざまな研究結果で明らかにされています。
たとえば、フランスのあるレストランでは、クラシック音楽を流していた日の客単価が、無音やポップスを流していた日よりも平均で10%以上高かったというデータがあります。これは、「高級感」や「非日常感」を演出する音楽が、お客様の注文行動に影響を与えることを示しています。
また、テンポの速い音楽を流すことで、食事スピードが自然と早くなり、回転率が向上したという実験もあります。逆に、ゆったりとしたBGMが流れている店舗では、お客様が長居しやすくなり、デザートや追加ドリンクなどの追加注文が増える傾向が見られます。
日本国内でも、USENなどのBGMサービス会社が公表している事例を見ると、BGMを適切に設計した店舗では、「滞在時間の延長」「1人当たりの客単価の増加」「口コミ評価の向上」など、売上に直結する成果が出ていることがわかります。
音楽は、空間を彩る装飾のひとつでありながら、経営上の“打ち手”でもあるのです。
音楽テンポが客の行動を変える|BPMによる心理的コントロール
音楽のテンポ、つまりBPM(Beats Per Minute)は、お客様の行動や心理に大きな影響を及ぼします。
一般的に、60〜80BPMの落ち着いたテンポの音楽はリラックス効果を生み、カフェや高級レストランのように「長く滞在してほしい」業態に向いています。一方、100〜120BPM以上のテンポが速い音楽は、テンションを高め、飲みの場やフードコートのような「回転率を上げたい」シーンに適しています。
実際に、BPMを調整することで「食事スピードが変わる」「オーダー数が変わる」「滞在時間が変わる」といった変化が数多くの実証データから確認されています。
つまり、音楽のテンポは“無意識のオペレーション”を司る設計ツール。お客様の行動をコントロールしたいと考えるなら、BGMのテンポを味方につけるべきなのです。
BGM選びで失敗する飲食店の共通点
音量が大きすぎる・小さすぎる
飲食店でありがちなBGMの失敗のひとつが、「音量設定のミス」です。
音楽が大きすぎると、会話がしづらくなり、居心地の悪さを感じさせてしまいます。特に年配の方や静かに食事を楽しみたいお客様にとっては、大音量のBGMはストレス以外の何ものでもありません。反対に、音量が小さすぎると「何か聞こえるけどよくわからない」という状態になり、逆に気になってしまうこともあります。
また、スピーカーの位置によって音の聞こえ方は変わります。ある席は爆音、ある席は無音…というように、場所によって差が出てしまうのも、クレームの原因になりかねません。
音量は「店内全体で均一に、かつ邪魔にならない程度の存在感」が理想です。具体的には、人の声が自然に通る60〜70dB前後を目安に調整し、開店前・閉店後などの静かな時間帯にテストしてみると良いでしょう。
ジャンルが店の世界観と合っていない
「とりあえず好きな音楽を流している」というケースもよく見かけます。ですが、これは大きな落とし穴です。
たとえば、和食店でロックや洋楽のクラブミュージックが流れていたら、どうでしょうか?
あるいは、カジュアルなカフェで重厚なクラシックが延々と流れていたら?
それだけで“ちぐはぐな印象”を与え、お客様の頭の中にある「期待していた体験」とのギャップが生まれてしまいます。
BGMは、空間や料理、サービスと調和することで初めて力を発揮します。世界観と音楽のズレは、“居心地の悪さ”や“ブランディングの失敗”につながりかねません。
選ぶべきは「自分が好きな音楽」ではなく、「お客様に届けたい雰囲気に合った音楽」です。
時間帯・曜日ごとの切り替えができていない
多くの店舗が見落としがちなのが、時間帯や曜日に合わせたBGMの使い分けです。
たとえば、平日ランチはビジネスマン中心で静かな雰囲気、週末ディナーは家族やカップルで賑わう──そんな店舗では、時間帯ごとに選曲を変えるのが理想的です。にもかかわらず、朝から晩までずっと同じプレイリストが流れているお店は少なくありません。
また、雨の日や季節によっても音楽の印象は大きく変わります。春には明るく軽快な曲、冬には温かみのあるメロディなど、シーズンごとに微調整できると、より空間の魅力が引き立ちます。
お客様の気分や行動は時間や環境によって変化します。その変化に寄り添う“音の設計”ができているかが、リピート率や満足度に差を生むポイントとなるのです。
著作権対策が不十分(JASRAC/USEN未対応など)
意外と見落とされがちなのが、音楽の著作権に関するリスクです。
「YouTubeやApple Musicのプレイリストをそのまま流している」という飲食店も多いかもしれませんが、これは明確に著作権法違反に該当する場合があります。特に商業施設や店舗での“公衆送信”は、正当な使用契約が必要です。
国内でよく使われるサービスとしては、USEN(有線放送)や店舗用BGMアプリ(有料)などがあり、これらは使用料に著作権処理が含まれているため安心して使うことができます。
トラブルを未然に防ぐためにも、著作権について最低限の知識を持ち、正規のサービスを利用することがプロの店舗経営者としての責任です。
飲食店BGM選曲で失敗しない5つのポイント
1. コンセプトに合う音楽ジャンルを選ぶ
BGM選びにおいて最も大切なのは、お店のコンセプトに合った音楽ジャンルを選ぶことです。
「落ち着いた空間で、丁寧に淹れたコーヒーを楽しんでほしい」のであれば、チルアウトやボサノバ、インストゥルメンタルなどの落ち着いたジャンルが最適でしょう。
逆に「陽気に飲んで、盛り上がってほしい」居酒屋やバルであれば、アップテンポのJ-POPやサルサなど、リズム感のある音楽がフィットします。
内装やメニュー、ターゲット層と音楽の“雰囲気”を揃えることで、五感を通じたブランディングが完成します。音だけ浮いている、なんとなく違和感がある…そんな印象を与えないために、「店の世界観と音楽の整合性」は徹底的に意識すべきポイントです。
2. 客層・年齢層にあった音楽を選ぶ
BGMは、客層との相性も重要なファクターです。
たとえば、30〜50代のビジネスパーソンが多く集まる店で、10代向けの最新チャート曲を大音量で流してしまえば、居心地の悪さを感じさせるかもしれません。
また、子ども連れの家族が多い店で、重厚なクラシックやミニマルな電子音が延々と続くのも、落ち着かない空間になってしまいます。
ポイントは、「お客様がどんな気分で過ごしたいか」を考えながら選曲すること。お客様の心理状態に“寄り添う音楽”を意識することで、滞在時間や満足度が自然と向上します。
3. 時間帯・曜日ごとにプレイリストを設計する
前のセクションでも触れましたが、時間帯・曜日によってプレイリストを切り替える設計は、店舗におけるBGM活用の基本戦略です。
・平日ランチ:静かで穏やかなインストゥルメンタル
・金曜夜ディナー:アップテンポで明るいJ-POP
・週末昼下がりのカフェ:チルアウトやアコースティック
・雨の日や冬の夜:温かみのあるピアノジャズ
このように、同じ店でもシーンごとに最適な“音の演出”が異なることを理解し、プレイリストを時間帯で分けて用意しておくと、より質の高い空間演出が実現できます。
最近は、自動で時間帯に応じてプレイリストを切り替えられる店舗BGMアプリなども登場しており、オペレーション面の負担も減らすことが可能です。
4. 音量・スピーカー位置に注意する
せっかく良い音楽を流していても、「音が聞こえすぎてうるさい」「スピーカーの真下で耳障り」といった状況では、かえって印象を悪くしてしまいます。
理想的な音量は、「会話がストレスなくできて、音楽が程よく耳に残る」レベル。目安としては60〜70dB前後が一般的です。
また、スピーカーの設置場所も重要です。天井や壁面にバランスよく配置することで、“音のムラ”を減らし、全体に均一な音空間をつくることができます。
「流す音楽」だけでなく、「音の届け方」にまで気を配ることで、空間全体の印象がワンランクアップします。
5. 著作権対応済みのサービスを利用する(USEN、店舗BGMアプリなど)
最後に見落とされがちな点が、著作権処理の問題です。
YouTubeや個人の音楽サブスクを店舗で流すことは、多くの場合、著作権法上問題があります。特に、営利目的で音楽を流すには、作曲者や著作権管理団体(たとえばJASRAC)との契約が必要です。
その点、USENなどの商用BGM配信サービスは、月額費用の中に著作権処理が含まれているため安心です。また、最近では店舗向けのBGMアプリも増えており、スマホやタブレットから簡単にジャンル別・業態別の選曲が可能なものも登場しています。
音楽を正しく・安心して使うことは、お客様に良い体験を提供する上でも、店舗の信用を守る上でも欠かせません。
業態別おすすめBGMジャンルと選び方の実例
飲食店のBGMは「どんな業態か」によって、選ぶべき音楽のジャンルやテンポが大きく異なります。
ここでは、主要な業態別におすすめのジャンルと、その背景にある心理的効果をご紹介します。
カフェ|チル・ジャズ・アコースティック(60〜80BPM)
カフェに求められるのは、「落ち着き」と「居心地の良さ」。
BGMには、まるでインテリアの一部のように空間に溶け込むことが求められます。
チルアウトやアコースティック、ジャズのインストゥルメンタルなど、60〜80BPMの穏やかなテンポの楽曲がおすすめです。
これらは、お客様の集中力や創造性を高める効果もあり、仕事や読書をしながら過ごす人にも心地よく響きます。
音量は控えめに、あくまでも“そっと寄り添う”ような存在感を意識しましょう。
余計な主張をしない音楽こそ、リピーターを生むカフェの空間づくりに欠かせません。
居酒屋・バル|和楽器・アップテンポJ-POP(100〜120BPM)
居酒屋やバルは、賑やかさや活気を重視した業態。
ここでは、テンポの速い音楽を選ぶことで、お客様のテンションを自然と引き上げ、会話の盛り上がりや追加注文の促進につながります。
たとえば、和テイストを感じさせたいなら和楽器×ロックアレンジ、カジュアルな雰囲気ならアップテンポのJ-POPやラテン系のリズムが効果的です。
BPMは100〜120程度が目安。
また、音量はやや大きめでもOKですが、注文や会話が支障なく行える範囲に抑えるのがポイントです。
「元気な雰囲気」を演出しながら、ストレスにならないバランス感覚が求められます。
高級レストラン|クラシック・ピアノ(50〜70BPM)
高級レストランのBGMは、料理の価値や空間の格を一段と引き上げる“静かな演出家”です。
選ぶべきは、クラシック音楽やピアノソロなど、優雅で品のあるサウンド。テンポは50〜70BPMのゆったりしたものが基本です。
バイオリン、チェロ、ピアノを中心にした構成は、非日常感を演出し、お客様の「特別な時間」をより豊かにします。
音楽が主張しすぎないよう、音量は控えめに。
また、オープンキッチンの店では、料理の音や香りがBGMと競合しないよう注意が必要です。
「音楽が空気になる」ほどに洗練された空間を目指すのが、高級業態における理想のBGM運用です。
バー・ラウンジ|R&B・ローファイ・シティポップ(80〜100BPM)
バーやラウンジでは、「ムード」と「余韻」が最も重視されます。
おすすめは、R&Bやローファイ・ヒップホップ、最近人気のシティポップなど、少し都会的でクールな印象を持つジャンル。テンポは80〜100BPM前後が目安です。
程よいグルーヴ感がありながら、耳にうるさくなく、自然に身体を揺らしたくなるようなリズムが好まれます。
照明やインテリアとの相性も重要なので、視覚的な空間演出と“音の質感”を合わせて設計することで、その店だけの“夜の時間”が完成します。
また、深夜帯にかけて徐々にテンポを落とし、お客様がリラックスしながら帰路につけるような“終わり方”まで設計できると、リピーターに繋がる演出力になります。
BGMで「また来たい」と思わせる空間を演出するには
ブランド体験としての音の設計
現代の飲食店は、単に「美味しい料理を出す場所」ではなく、ブランド体験の場として機能しています。その中でBGMは、記憶に残る体験を作り出す重要な要素です。
たとえば、店内に入った瞬間に流れる音楽が、その空間の雰囲気を一瞬で伝え、「ここ、なんか好きかも」と感じさせる。そんな第一印象は、視覚や嗅覚よりも早く、深く、お客様の心に届くことがあります。
逆に、「料理は美味しかったのに、なんとなく落ち着かなかった」という印象が残ることもあります。その“なんとなく”の正体は、実は音だった…ということも少なくありません。
つまり、BGMはブランドの一部。
音の選び方ひとつで、「また来たい」と思わせるか、「もう来なくていいや」と思われるかが決まるほど、影響力を持っているのです。
記憶に残る“テーマサウンド”を持つことの効果
人気店の多くは、意図的に“テーマのあるBGM”を構築しています。
たとえば、「このカフェに来ると、いつもこんな雰囲気の音楽が流れていて、ホッとする」とか、「このバーでは、いつもいい感じのシティポップが流れていて気分が上がる」といった印象を持たせることで、音楽=その店の記憶として残るようになります。
これは、いわば“音のブランディング”。空間に合わせて毎日変えるのも良いですが、店の雰囲気を象徴するような「定番の音」をいくつか持っておくと、お客様にとっても安心感や親近感を与えることができます。
テーマサウンドは、リピート率やファン化にじわじわと効いてくる、隠れた集客装置でもあるのです。
スタッフの集中力や働きやすさにも影響するBGM活用
BGMの効果は、お客様だけでなくスタッフの働き方にも大きく関係しています。
たとえば、適度なリズム感があるBGMは、作業のテンポを整え、無意識のうちに効率を上げてくれます。逆に、単調すぎたりうるさすぎたりする音楽は、集中力を削ぎ、疲労感を増幅させてしまう原因にもなります。
また、長時間働く現場では、音楽が気分転換やリズムの切り替えにもつながります。
「この時間帯はこのプレイリスト」と決めておくことで、店全体の空気が整い、スタッフ間のコミュニケーションにも好影響をもたらすことがあります。
飲食店におけるBGMは、単なる“お客様向けの演出”ではありません。
スタッフを含めた“その空間で働く・過ごすすべての人”にとって快適な環境をつくる音”でもあるのです。
まとめ|飲食店のBGMは「経営戦略」の一部
音楽は感覚ではなく設計で選ぶべき時代
飲食店におけるBGMは、「なんとなく好きな曲を流す」という感覚的な選択から、明確な戦略に基づいた設計へと進化しています。
空間の雰囲気づくりはもちろん、売上・回転率・リピート率にまで影響を与える“音の力”を、もっと意識的に活用すべき時代です。
照明や内装と同様に、BGMもまた「店舗の世界観を伝えるツール」であり、店舗運営における重要な要素のひとつと言えるでしょう。
音楽は無言でありながら、顧客体験の中では非常に雄弁です。
その力を最大限に引き出すには、「選ぶ理由」「流すタイミング」「音量の設定」など、すべてをロジカルに考えることが求められます。
「また来たくなる音」を意図してつくる店舗が選ばれる
今、お客様が選ぶのは「料理が美味しい店」だけではありません。
「なんか落ち着く」「雰囲気が好き」「気分が上がる」──そんな感情を呼び起こす“空間の総合力”が求められています。
その中でも、BGMは特に感情に直結する要素です。
無意識に心地よさを感じさせ、「またあの音を聞きに行きたい」と思わせることができれば、それは強力なリピート動機となります。
選ばれる飲食店には、音の設計がある。
感覚だけに頼らず、戦略的に「また来たくなる音」を作り込むことが、これからの飲食経営における差別化ポイントになるはずです。