自家焙煎コーヒーは、その香り高さと奥深い味わいで多くのファンを魅了しています。しかし「食品」として販売・提供する以上、安全性と衛生管理は避けて通れません。特に近年では、食品衛生法によりHACCP(ハサップ)への対応がすべての食品事業者に義務づけられ、コーヒーの自家焙煎事業にも影響が及んでいます。

「コーヒーにHACCPって必要なの?」と思われる方もいるかもしれませんが、実際には生豆の保管や焙煎過程にも衛生リスクが潜んでおり、それを管理することが高品質かつ信頼される商品づくりにつながります。

この記事では、自家焙煎コーヒーにHACCPを導入するための具体的な手順や管理ポイントを、工程別にわかりやすく解説します。


HACCPとは?自家焙煎にも必要な衛生管理の考え方

HACCPの基本概要と法的背景

HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)は、食品の製造や提供において「どの工程でどのような危害が発生する可能性があるか」を事前に分析し、それを防ぐための管理方法です。元々はNASAの宇宙食の安全確保のために開発された手法ですが、現在では世界中の食品業界で採用されており、日本でも2021年6月より原則すべての食品等事業者に対してHACCPに基づく衛生管理が義務化されました。

これにより、飲食店や製菓店はもちろん、コーヒーの自家焙煎業者や個人事業主もHACCPに準じた管理が求められるようになっています。

なぜコーヒーにもHACCPが必要なのか

コーヒーは「加熱加工するから安全」と思われがちですが、焙煎前の生豆にはカビや微生物が付着していることがあり、保管状況によってはそれらが増殖する危険性もあります。また、異物混入(小石、枝、プラスチック片など)や農薬残留のリスクも否定できません。

焙煎中に多くのリスクは減少しますが、焙煎後の冷却や包装、販売に至るまでの各工程でも、再汚染や酸化などによる品質劣化の恐れがあります。これらのリスクを適切に管理するためには、HACCPのような工程管理が非常に有効なのです。厚生労働省のページからはコーヒー製造における手引書も用意されていいます。

自家焙煎における工程と危害要因の洗い出し

HACCPを導入するためには、まず自家焙煎における各工程を明確にし、それぞれに潜む「危害要因(ハザード)」を洗い出す必要があります。自家焙煎では大規模な食品製造に比べて工程がシンプルですが、その分ひとつひとつの作業が衛生・品質に与える影響も大きくなります。

以下に、主な工程ごとに想定されるリスクと管理のポイントを解説します。

生豆の受け入れ・保管段階の注意点

自家焙煎における最初の工程は、生豆の仕入れと保管です。ここでの主な危害要因は以下の通りです。

  • 生物的危害:カビ、微生物の発生
  • 化学的危害:農薬の残留
  • 物理的危害:小石や枝、異物の混入

対策としては、信頼できるサプライヤーからの購入を徹底し、納品時には状態を目視で確認します。特に保管環境は湿気や高温を避け、カビの発生を防ぐため、密閉性の高い容器を用い、温湿度管理を意識することが重要です。

焙煎前の選別工程でのリスク管理

焙煎前には欠点豆や異物を取り除く「ハンドピック(選別)」作業を行います。ここで除去しきれなかった異物が焙煎機に入ると、製品の品質だけでなく機械の損傷にもつながる恐れがあります。

この工程での主な危害は「物理的危害(異物混入)」です。十分な照明下での手作業による選別に加え、異物検出機を導入する店舗も増えています。ルーティンとしてこの作業を怠らないよう、マニュアルやチェックリストを整備すると安心です。

焙煎〜冷却・包装までの管理ポイント

焙煎工程では、豆の温度が200℃以上に達するため、カビや微生物などの生物的危害はこの時点でほぼ完全に死滅します。これはHACCP上で非常に重要な意味を持ち、焙煎は重要管理点(CCP)として扱われることが多い工程です。

  • 焙煎中の管理:豆温度の変化を正確に測定し、時間とともに記録することで品質の安定と衛生性を確保します。
  • 冷却時の注意点:外気やほこりが混入しないよう、クリーンな場所で迅速に冷却することが必要です。
  • 包装時の注意点:焙煎直後の豆は酸化しやすいため、バルブ付きパッケージなどを活用し、再汚染のリスクを避ける必要があります。

HACCPをもっと深く知る:制度の背景と活用のコツ

HACCPの7原則とは?

HACCPには、食品の衛生管理を科学的に行うための7つの基本原則が定められています。

  1. 危害要因の分析(Hazard Analysis)
  2. 重要管理点の決定(CCPの設定)
  3. 管理基準の設定(温度や時間など)
  4. モニタリング方法の設定
  5. 是正措置の設定(異常があった場合の対応)
  6. 検証手順の設定(管理方法が正しく機能しているか)
  7. 記録と保存の仕組み

この中で、特に重要なのは「CCPの設定と記録管理」です。焙煎業では、「焙煎温度」や「異物除去」などが該当します。

小規模事業者には「簡略HACCP(基準B)」が適用される

厚生労働省では、従業員50人未満の小規模事業者などに対しては、HACCPの簡略版として「基準B」と呼ばれる様式が認められています。

この制度では、すべてのCCPや検証手順を厳密に文書化しなくても、「日常業務に組み込む形での記録・点検」ができていればOKとされます。具体的には以下のような形で対応可能です。

  • 毎日の焙煎記録(温度・時間)
  • 清掃・洗浄のチェックリスト
  • 生豆入荷ごとの品質確認票
  • 問題が起きた際の対応履歴

形式にとらわれず、**「自店のやり方で継続できる仕組み」**がポイントです。

HACCPは“販路拡大”にもつながる

HACCPに準拠した衛生管理を行っているということは、それ自体が**「安全性を証明するひとつのブランド価値」**になります。

  • 業務用コーヒーの取引先(ホテル・レストラン)で評価される
  • 高価格帯のギフト・EC商品で「信頼の証」として活用できる
  • 海外輸出の際にも国際規格(Codex基準)との整合性がある

つまり、HACCP対応は「安全確保」だけでなく、「信頼の武器」として活用することができるのです。

記録と管理に役立つ帳票・ツール例

導入初期の壁になりやすいのが「記録が続かない」問題です。以下のようなシンプルなツール活用がおすすめです。

  • Excelテンプレートでの焙煎ログ(日付・豆種・温度・時間)
  • Googleフォームを使った日次清掃チェック表
  • EvernoteやNotionなどで帳票をクラウド一元管理
  • 専用HACCPアプリ(小規模向け無料ツールも存在)

紙でもデジタルでも、自店舗に合った方法で“ルールを可視化”しておくことが継続のコツです。

HACCP対応で信頼を得たケーススタディ

東京を拠点に展開するMU Coffeeは、自家焙煎とスペシャルティコーヒーの品質を追求するロースターです。衛生管理においても、HACCPの考え方を積極的に取り入れており、食品としてのコーヒーの安全性を意識した運営を行っています。

専用焙煎所での徹底管理とAI選別機の導入

MU Coffeeでは、店舗とは別に構えた専用の焙煎所にて製造を行っており、その現場では高精度な衛生管理が実施されています。特筆すべきは、同社が日本代理店も務めるAIピッキングマシン「Avercasso CS One」の導入です。

このAIピッキングマシンは、焙煎前の生豆をスキャンし、色・形・模様を解析してカビ豆・発酵豆・異物などの欠点豆を自動で除去する最新鋭の装置です。人間のハンドピックでは見逃してしまう微細な欠点豆までも高精度で判別できるため、品質と衛生リスクの両方を大きく向上させることが可能です。

焙煎データと工程管理の徹底

焙煎では、豆温度200℃以上の加熱により、カビや微生物などの生物的危害を確実に除去しています。各バッチの焙煎プロファイルはすべて記録・保存されており、HACCPで求められる「工程の見える化」と「異常時の原因追跡」にもしっかりと対応しています。

このような取り組みにより、MU Coffeeは衛生性と品質の両立を実現し、プロのバリスタや消費者からの信頼を着実に積み上げているブランドです。

まとめ|HACCPを導入して、安全で信頼される焙煎コーヒーを提供しよう

自家焙煎コーヒーは、香りや味わいの個性を引き出せる一方で、食品としての安全性も確保しなければなりません。とくに焙煎前の生豆には、カビや異物といった危害要因が含まれる可能性があり、焙煎後にも再汚染や酸化といったリスクが伴います。

こうしたリスクを適切に管理し、消費者に安心して提供するために有効なのが、HACCPの導入です。焙煎温度の記録、選別工程での異物除去、清掃と洗浄のルールづくり、そして日々の記録と見直し――。これらを無理なく実践できる「簡略HACCP」なら、小規模な店舗でも導入が可能です。

また、MU Coffeeのように、AI技術を取り入れた高精度な衛生管理を行うロースターの事例は、今後の自家焙煎業界のモデルケースとなるでしょう。

安全性と品質を両立することで、お客様からの信頼を獲得し、長く愛されるブランドを築くことができます。これから自家焙煎に取り組む方、あるいはすでに店舗を運営している方も、ぜひ一度、HACCPの視点から自店の工程を見直してみてはいかがでしょうか。